平成5年:整地作業
平成5年:整地作業
平成5年:整地作業
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平成5年:整地作業
平成5年:整地作業
平成5年:整地作業
平成5年:整地作業
平成5年:整地作業
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平成5年:整地作業
平成5年:整地作業
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平成5年:整地作業
5年間の建設の記録

 ログハウスを自分で建てるにあたり、分からないことだらけの中、幸いにも建てる場所は有るため、時間が掛ってもなんとか作ることを決意。所有する山林の伐採整地作業から着手して建設しました。
 5年間に渡る記録を短くまとめましたので、ご覧下さい。

平成5年:整地作業

 全くの山林でしたが、木を切り、斜面を崩して平地を作りました。粘土質の土であったため、苦労しましたが、約200坪ほどの平地を確保しました。

 平地を作ったものの、雨が降る度にぐちゃぐちゃになる。今後の作業を考え、砂利を敷いて固めることとした。奥のユンボを中古で購入、手前の重機は友人から借りた。このユンボが以後活躍することとなるが、平成18年ついにその生涯を終えることとなる。

     引き続き、ユンボ2号が活躍!

 建物を作る場合、その基礎や建物の基準となる、水平なラインを出します。それを基に、基礎の水平や建物の高さを調整します。
 写真は、友人と「水平器」を使って、くいを打っているところです。

 新しい年です。雪解けを待って基礎工事用の掘削開始。地面に掘る部分をマーキングして、中古のユンボで掘削開始!
 布基礎用の掘削は、幅80センチ、深さも80センチとしました。

 掘った土をどこに置くかを考えながら、なんとか掘削終了。そこに約20センチ厚さに砕石を投入し、敷き固めます。
 今考えても、よくやったもんだ。

 基礎も自分でやるのであれば、布基礎用の鉄筋も自分で組まなければ・・。ということで、生まれてはじめての作業です。
 鉄筋は、シングル13ミリで組むこととしました。高さは、コンパネをそのまま横に積むので90センチとし、材料代は、鉄工所に切断と曲げをお願いして、約6万円でした。

 布基礎の作り方もいろいろあるのでしょうが、私はコンクリートを2回の手順で済ませました。砕石を敷いた上に鉄筋を組み、それに鉄筋の下が埋まるまでの、いわゆる捨てコンもどき、を流します。
 さすがに、ミキサー車が来るときには時間との闘いなので、友人を集めて作業を行ないました。

 布基礎を作るためには、型枠が必要です。写真はコンパネ50枚を購入して、型枠つくりです。
 奥の物置は、道具小屋なのですが、私も考えが甘かった・・。
 安易に道具小屋に置いたところ、チェンソー2台、その他もろもろが盗まれてしまった。

 なにせ、生まれて始めての作業。方法も分からなければ、必要な道具もない。
 友人の助けを借りながら、幅15センチ、高さ90センチの型枠を組む。
 どれくらい隙間が空いていても大丈夫か、などが分からず、苦労したよ。

 思考錯誤しながらも、なんとか型枠完成です。あとは、2回目のミキサー車を待つのみです。
 いい加減に作ると、コンクリートを流すと型枠が破裂するよ、との助言?あり。なるようになるだろう。

 コンクリートは、ミキサー車、圧力で流し込む圧送車が必要です。また、コンクリートに気泡が入らないように、常に「バイブレータ」で振動をかけながら流します。
 時間との闘いの流し込みが終わり、ほっとしてその全景を隣の山から写しました。この全体像を見た時には、実は形を作ったことに感動して、涙がでました。

 なんとか、布基礎も完成し、冬を迎えた現地では、いよいよこの春から木工作業の開始です。布基礎の上には、15センチ角の土台を置きます。この土台は、すべて図面を引いて、冬の間に自宅の小屋で刻みを行い、防腐剤を塗っておいたものです。
 ところが、小屋の中で防腐剤を塗ると、においは嫌いじゃないんですが、夜は頭が痛くて寝れなくなります。
 みなさん、ご注意を・・。

 いよいよ、丸太の到着です。丸太は、末口20〜22cm、長さ10〜12メートルを100本購入。材料はベイ松です。
 金額や材質を考慮して、いろんな材料を考えましたが、値段、強度、などでベイ松が最適と判断。
 
 中間業者を通さず、直接輸入業者から購入しました。

 土台の設置が終わり、いよいよ丸太にかかるが、その前に、作業効率を考えて、仮の床を敷いた。布基礎で使ったコンパネを敷いただけですが。
 合わせて、この段階では、水道などの工事もやらなくてはいけない。もちろん、これは業者にお願いしました。

 作者登場です。土台の上には、半割りしたハーフログと、一部平面を作った、シルログを組みます。
 このころは、作る方法の悩みと、慣れないチェンソーワークでしたが、やはり、実際に丸太相手にチェンソーを使うと、気持ちがいい。
 しかも、自分の腕前一つで、出来栄えが変わる。当たり前だが、努力したことが形になることは嬉しいものだ。

 一段目の丸太終了です。ノッチは全てフォーポイントサドルノッチ。クレーンは、5トンの移動式クレーンです。ログハウス仲間からの借り物です。
 ままた、全景が見たくて、山に登ってしまいました。

 一本づつの丸太が、積まれることで壁になる。感動ものです。
 写真は、友人ですが、工法として、通しボルトは難しいので、こまめにダボを打ちました。2本の丸太をつなぐように、ドリルでアナをあけ、そこに、長さ50センチ、太さ13ミリの鉄棒を打ち込みます。
 また、長さ50センチのビスねじをところどころに締めますが、これが市販されておらず、特注で一本500円もしたんです。

 いったい何の写真?
 実は、ログハウスの内部には、造作用として、曲がり木を使いたいと思い、山に入って曲がっている木を伐採しているのです。もちろん、自宅の山林ですよ。写真は杉が斜面に出ている部分の曲がり木です。
 後に、この杉は玄関に使われています。

 約6段積み上げたところです。
 作業は、一日一本が限界です。皮をむいて磨き、乗っけてラフカット、スクライブ、本カット、グループへの防腐剤、納めてダボなどで固定する。
 うまくいって、一日一本の作業です。

 窓をいれる開口部の作成です。
 最初に、どのサッシを使うかを決め、それから逆算して開口部の大きさを決めます。丸太が縮むセットリングも考えなくてはいけないし、開口部には溝を切って、そこに窓枠を納めます。
 また、外からの見栄えを考えて、スカーフを切ります。

 いよいよ、丸太の組上げ最上部です。そこには、2階の床を張るための、丸太も入れる必要があります。はじめて、ラウンドノッチでのせて見ました。

 続いて、トラスの作成です。トラスは丸太を20センチ幅の太鼓引きにして作りました。
 雨でも出来るようにテントを張っての作業です。
 のこぎりやノミを使っての大工仕事ですが、なにせ丸太が重いので、ひっくり返すにも一苦労。

 どうですか、やはりログハウスの迫力は、トラスで決まりますね。簡単な形のトラスではありますが、これを4個作ってのせました。
 一挙に屋根の形が出来上がります。
  わくわく〜。

 秋までトラスと、ざら板までは張れましたが、トタンは出来ませんでした。
 よって、頑丈にブルーシートを張って、冬は内部の造作作業です。
 もちろん、外は雪、さむかったなあ・・。

 完成すれば、お風呂になるところです。お風呂から、夜景が見えるようにと、窓を低くし、温泉のように、湯船が低く設計しました。

 内部造作の作業は、まさに大工仕事なのですが、これもプロのように作れるわけがなく、技術もそうですが、丸太の壁にどのようにして、仕切り壁を作るのかなどを考えながら作ります。
 写真は、トイレと脱衣所の間の壁を作っているところです。

 2階ロフトには、ドーマーが着きます。天井は全て板で作りたかったのですが、予算と工期を考えて、2階のロフト2部屋の天井は、クロスにしました。
 ドーマーの窓をどのように入れて、三角の窓や天井をどのように作るか、苦労しましたよ。うまく出来ずに、最後はクロス屋さんに、パテで形を作ってもらいました。

 ちょっと、順番が違っているのですが・・。
 写真はは、トラスの上に、屋根のネタをのせるための「けた」を加工しているところです。この頃になると、チェンソーの使い方もなれたもので、チェンソーが体の一部になります。
 
 私が使ったのは、小松ゼノアの37cc、バーは16インチの細身のバーです。
 半割りなどの時には、ちょっとパワー不足はありましたが、でも、大きさも手ごろで、使いやすく、このチェンソー一本で仕上げました。
 私の宝物です。

 建物の構造を、途中で変更し、2階に2部屋作ったために、吹き抜けの部分が暗くなりそう。それで、明り取りの窓を二つ設置することにした。
 屋根を切って開口部を作る。この明り取りの窓って高いんですよ。一つ10万近くするんです。

 建物がほぼ完成するころ、問題が・・。丸太を組み始めてから5年にもなるのでその間に積んだ丸太が変色してしまっているのです。
 そこで、友人がディスクサンダーで、全ての壁を磨きます。換気の悪い室内で、粉塵と格闘しながら頑張ってくれました。

 写真は、「夢の丸太小屋に暮らす」の編集部の方が取材に来てくださったときのものですが、私は、この友人に「サンダーズ」と命名しました。

 沢山の方の協力と、自分でも信じられない位の、自分の頑張りで?平成11年春、完成の運びとなりました。
 協力いただいた方々を招いた、パーティー。
 ただ、作ったはいいけど、これからどうやってこれを維持していくのかまで考えていなかったのです。

 本当にみなさんありがとう!!