飯豊朝日連峰における山岳遭難救助の実際と課題

・本論の要点
私達はこれまで何十回となく、飯豊朝日連峰において山岳遭難に対応してきた。その体験は、辛く悲しいものも多く、私達の未熟さや無力さを幾度となく思い知らされてきた。これから述べる私達の技術は、実践の中で工夫してきたものである。実際には、殆ど無意識に行っている作業を、客観的に文章にすることにより、もう一度原点に戻り、今後の救助作業の充実化を図ると共に、私達の工夫を、後継者に伝え、かつ他の地域における救助隊の一層の充実化の一助になることを願うと共に、一般登山者に対して、山岳救助の実態を理解して貰い、効率的な作業ができるような、緊急時の対応技術の開発を希望するものである。
遭難事故の処理は、遭難者はもとより救助者にも多大な負担がかかる。遭難者は社会的・経済的・肉体的・精神的に負担を生じ、救助者はそれが本業でない場合、勤務先に迷惑をかけている。それを少しでも軽減することを目標としている。遭難者はもとより救助者の人命も懸かっているので、ミスは許されず、許容範囲を意識した作業が求められる。最小の要員と装備で、最大の効果を目指す必要がある。
遭難救助力は情報力と現場力の掛け算によって算出される。言い換えれば、必要な情報を正確に収集し、断片的な情報から如何に現場の状況を組み立て、救助隊が有している資源を適正に配置することができれば、救助作業は半分成功したと言える。なお本論は登山者を対象にしており、山菜茸採りとは捜索方法に違いがある。

第1章 組織論
遭難救助に関わる組織は、各市町村自治体に事務局を置いている各地区の遭難対策委員会(以下地区遭対と言う)があり、この傘下に山岳救助隊が編成されている。山形県山岳遭難対策委員会は山形県警察本部地域課に事務局を置き、各地区遭対や関係団体により構成されている。第一線に立つ各警察署と警察ヘリコプターを管轄している県警察本部、各市町村自治体や一部事務組合で運営している常設消防、各市町村自治体が事務局を有している消防団、防災ヘリコプターを管轄している山形県消防防災課、陸上自衛隊が連携して救助作業を行っている。
山岳地帯は市町村境や県境に位置することが多いため、隣接する市町村・警察署・県警本部との連携が欠かせない。例えば、剣が峰の事故では、福島県山都町である登山道、ここは岩稜であるが、ここから転落すると山形県飯豊町に落ちることとなる。飯豊町から現場に行くのより、山都町から向かう方が遥かに時間的にも早いのだが、飯豊町で対応している。また小国町から登り西俣峰から新潟県関川村の杁差岳に向かおうとしたパーティが、稜線(ここは小国分だが)から僅かに下った所で雪崩にあった例がある。新潟県関川村の管轄であるが、物理的に無理である。県警本部を通して話してもらい小国で処理したことがある。さらに新潟県新発田市の洗濯沢で遺体の一部を発見した時、発見者は梅花皮小屋に遺体を収容しており石転ビ沢を下り小国町に下ろすことを希望したので、これも県警本部を通じて協議して貰い、新発田警察署の署員が小国町温身平まで出向き、ここで検死をして貰った例がある。勿論、これまで三県で合同捜索した例は多いし、三県のヘリコプターが同時に捜索を行ったことも少なくない。
事案が発生したとき、何処が担当するのかが問題になることがある。発生地・現在地・入山地・救助効率かを明確にしておくべきであるし、特に隣接県の場合は、県警本部の調整力が必要である。少なくとも、事案が発生したら、何処に連絡するかのマニュアルの作成は必要である。
問題点は、救助隊を構成する地域山岳会と地元集落が弱体化していることである。地域山岳会は高齢化が進み、実働部隊を編成できなくなっている所も出てきた。地元集落は、過疎の進行により集落そのものの存続が危惧される所もあり、かつ極端な高齢化が進み、僅かに残る若手も山仕事から離れており、山との生活の関わりが薄くなっているため、救助力が弱っているのが現実である。

第2章 予防論
県内の主たる山岳地は国立公園や国定公園に指定されている。しかし日本におけるこれらの公園は、創設時の由来や内容により、国際的な自然公園のレベルには達していない。環境庁が所有する公園の専門用地ではなく、林野庁の土地や民有地に公園の網を被せたに過ぎない。さらに国内の山岳地は、自然公園法が施行される遥か以前から、信仰のため、狩猟のため、採取のために縦横に歩道が形成されていた。このため、計画的な登山コースや登山施設の設置がなされたというより、許可制により追認されてきた感が強い。さらにこれらの登山道の維持管理が曖昧で、新道の開設や廃道化、指導標識の設置や点検、山菜道の位置付け等、課題が山積し、必然的に道迷いなどのトラブルが発生しやすくなっている。
飯豊連峰の登山道を取り上げても、毎年様子が変わっている。ガイドブックと現地の乖離が発生し、登山者の戸惑いはもとより、遭難情報の分析や聞き取りに重要な影響を与えている。常に最新の現状を把握しておくことが大切である。
市販されているガイドブックなどにも問題がある。先ず、基本となる国土地理院の地形図は、航空写真によるデータの収集に比重が置かれているため、現地踏査が弱く、樹林帯における登山道の誤りが顕著である。またガイドブックにそのコースの留意点を全て記載することはスペースの制約でできないし、積雪地帯を多く有する山形県の場合、季節によるルートの変化を記載することは必要であるが困難である。ましてその年独自の雪の変化を表現することは物理的に不可能である。
著者が実踏調査を行い山のコースの変化を書き換えても、読者の手に渡るまでの頻度が問題である。昭文社の場合は毎年書き換えているが、特に地元で発行する場合は更新の頻度が落ちてしまう。また経験上、毎年全てのコースをそれぞれの季節においてくまなく登ることも結構至難の技で、数年に1回というコースも出てしまう。登山頻度から言えば地元の著者がベストであるが、全国的な統一感の視点から言うと問題がないとは言えない。特に100名山ブーム以来、全国的な統一基準が求められる。私の場合、これらの問題を解決するため、インターネットとEメールを活用している。今後は携帯電話(Iモード等)との併用にも取り組む必要があると考えている。
最近、携帯電話による救助要請が増大の一途を辿っている。携帯電話は通話できる所が限定されていることを承知しておく必要がある。主稜のように見通しが効く所で電話の感度が最大値を示していても、地上局の電波を受けているだけで携帯電話からの小出力では通話ができないことが多い。また僅かに場所を移動しただけで通話不能となる所が多い。まして谷間では、先ず無理である。またメーカーによって通話できる範囲が異なるのはご承知のとおりである。非常用に高感度のアンテナを接続できるようになれば、かなり便利になると思うのであるが、現時点では販売されているという話を聞かない。意外と見落としやすいのが、携帯電話の電池が低温に弱いと言うことである。一度低温にさらすと、急速に電池が消耗し、暖めても元に戻らず、使用できなくなる。携帯電話の通じる所を探して結局麓の宿まで下ったというダイグラ尾根の例もある。携帯電話は通話できたら幸運と考えるレベルであろう。
その点、アマチュア無線は、これらの弱点をかなりカバーできる。最近はかなり小型化されている。持参する分には無免許でも電波法に抵触しないので、保険と考えて小型の無線機と伸縮式の長いアンテナをザックに入れておくことをぜひ薦めたい。バッテリーはヘッドランプ等と同じ物にしておくと、緊急時に強みを発揮する。特に単独行を行う人は無線の免許をぜひ取得し、仲間と現在地を交信しながら山行することにより、かなり安全度が高まる。周波数は144MHZが良い。
蛇足だが、単独行を一概に危険とするポスターを良く見かけるが、実は単独行の方が安全な面も多いのである。例えば道迷いを始め、自己責任を重視する単独行者はかなり慎重なのである。

第3章 情報論
本当に遭難なのか、擬似遭難なのか、迷うことも多い。情報と現場は掛け算である。情報が誤れば全ての現場の苦労は徒労に終わる。情報収集のポイントは、常に普段に行う新鮮で正確なデータの収集である。二つ目は現地にいる登山者などからの情報提供の協力を得ることである。そのためには、あらかじめ信用できる登山者や小屋の管理人などを確保しておくことが大切であり、協力者リストをつくっておくことも検討する必要がある。
トラブルの可能性が高い場合、捜索はまさに情報戦である。関川村から登った行方不明者の場合、当初は新潟県内に重点を置き捜索していたが、聞き込みにより梅花皮小屋で遭難者と会っていた証言を確認し、それまで殆ど探していなかった石転ビ沢を集中的に捜索した結果、雪渓の亀裂の中で遺体を発見している。捜索にあたっては、消去法が重要である。
遭難パーティの代表者(リーダー)は、救助要請が必要と判断したら、そのことを明確にしなければならない。リーダーとメンバーの関係があいまいなパーティが圧倒的に多い。リーダーとは、その山行の全体に責任を持つ者であり、当然ながらトラブルの責任を有する。誰が要請を行うのか明確にする必要がある。救助要請を行うことは、自動的に救助隊の指揮下に入ることを意味していることを自覚すべきである。「我々は救助を要請していない」と言う遭難パーティが実在することも事実である。また中継者や担当者の早とちりが皆無とも言い切れない。救助要請の意味を踏まえた上で、何時、誰が要請したのかを明らかにしておく必要がある。
例えば、私が出勤途上に警察署を通りかかったところ、署員が現場に向かうため車に乗り込んでいる最中で、私もネクタイをしたまま、着の身着のままでダイグラ尾根に向かった。食料もなく、署長のお握りを分けてもらった。いきさつはダイグラ尾根取り付きの桧山沢吊橋が雪崩のため破損していたが、それを知らずに下ってきたパーティが戻るに戻れず、雪解けで増水した沢を渡るに渡れず、助けを求めているとの情報が、別パーティの登山者からもたらされたのである。これを救助要請と受け取った警察署では直ちに出動命令を出したものである。しかし私達がいくら探しても、当該場所にパーティはいない。結局そのパーティは、尾根の末端に幕営し、渡渉を諦めてもう一度尾根を登りなおし、別な登山口に下山したのである。この時の出動経費は僅かな額と言うこともあり、当該パーティに訳を話して負担していただいた。場合によっては、支払いを巡ってトラブルが生じてもおかしくないケースであったと言えよう。
また、善意の第三者をどのように位置付けるかも検討課題である。特に当該山域に頻繁に登っている登山者でアマチュア無線を使用している者を事前に把握しておくことも要点のひとつである。彼等の情報提供能力は、正確さと適時性において優れており、これを使い切ることができれば大きな戦力となる。
救助者の視点に立ち考察すると、事案には、トラブルが明白な場合と、トラブルの可能性が高い場合の二種類がある。負傷などにより自力下山が不能との連絡があり、収容作業を行うのが前者であり、あらかじめ定めた予定期日を過ぎても連絡が取れないため、捜索作業を行うのが後者である。両者は同じく山を舞台とし、後者は結果的に前者に発展することも多いものの、対応技術は全く異なることを肝に銘じることが大切である。これを被対象者である遭難者の視点に立てば、前者は救助隊に何を求めるのかという判断、後者は関係者の心配に対して如何に連絡を取るかが最重要課題となる。
ご承知のとおり、山岳地帯においては、通常の生活空間よりもセルフレスキューの概念が強く求められる。近年、パーティの概念が希薄になっていることは、重要な課題となっているが、トラブルが発生した時は、自分のパーティで応急処置を施し、速やかに下山を試みることが大切である。しかるに、しばしば障害の度合いが大きく、自力下山が絶望的であり、やむを得ず、救助隊を要請しなければ生命の存続に重大な危機を感じることがある。セルフレスキューの能力に乏しく、安易に救助隊を要請するケースが増大しているように感じる。山岳遭難は、地元関係者に多大な負担を強いるだけでなく、報道対象になりやすく、社会的な反響が大きく、遭難者としての批判を受けるケースが少なくないことも考慮すべきである。
トラブルが明確な場合でも、遭難者はしなければならないことが十分にできていないことが多い。第一報が入った時点で、サポートする必要がある。総合的な情報の集積と整理を行い、あらゆる可能性を考慮しながら絞り込んで行く作業が必要であり、この時、往々にして情報を無批判的に信じ込んだり、逆に否定してしまうことがある。遭難要請が明らかな場合において、情報の最重要事項は、場所の特定である。これまで、通報者からの聞き取りが不十分で、何度となく失敗を経験している。例えば朝日連峰の例では、通報者の現在幕営している所という表現を、昔の幕営地、つまりキャンプ場と早とちりし、その結果、救助隊は吹雪の中、全く見当違いの場所を彷徨ったのである。湯沢出合では、大きな雪渓が二つに分かれている所という表現から石転ビノ出合と即断してしまい、これまた全く別な沢を捜索しようとしていた救助隊が、たまたま石転ビ沢から下ってきた私と会い、再検討して正確な場所を割り出したケースもある。誘導尋問には十分気を付けたい。さらにホン石転ビ沢で滑落したパーティは、自分達がコースを誤っていると気づかずに、石転ビ沢上部と通報してきたため、救助隊は夜の石転ビ沢を右往左往する羽目になった例がある。往々にして遭難者や通報者自体が、場所を把握していないケースが多く、鵜呑みは危険性が高い。親子遭難でも、遭難した場所が二転三転し、結局暴風の中、通報者を隣の小屋から呼んできて、案内させてようやく発見に至っている。おかしいと感じる力、先例や一点にこだわらない考え方が重要である。
救助隊員は互いの実力を知ることが大切である。ザイルパートナーという言葉があったが、命を互いに託すという意味であり、県内外を問わず救助隊員の交流はとても大切なことである。そこで飯豊連峰では飯豊連峰三県合同会議を年に一度持ち回りで開催し、交流を図っている。
事故が起きると、近親者や友人が救助作業に加わりたいと申し出ることも多いが、弊害に留意したい。特に救助作戦や現場では近親者がいると冗談ひとつ言えなくなり、無理な判断に傾き易い。捜索救助活動にあたっては極度の緊張感を持って従事しているので、その精神的負担を増大させることになるし、近親者によっては行動そのものに意見を挟む者もないとは言えない。私達の例では、その旨をきちんと説明し、それでも希望する場合は荷揚げなどの後方支援をお願いしている。
先程も触れたが、現地における協力要員、つまり善意の第三者に対して、誰がどのような立場で何をお願いするのかを明確にしておくことが大切である。その時、常連客と非常連客では自ずと対応も異なって来る筈である。また山小屋管理人の実力を把握し、小屋番との連絡方法を事前に確認しておくことも重要であり、普段の交流が大切である。

第4章 実践論

第1項 遭難現場が特定できない場合
遭難現場が特定できない場合とは、家族や知人からの捜索依頼があった場合のことであるが、自動車やテント等が長期間放置されている場合も含む。ここでは、そのような時の基本的な情報収集について述べる。
以前は小国警察署の1階会議室に本部を設けていたので、黒板に必要なことを書き出していた。現在はメモ用紙に記入し、コピーで本部員に配布している。
1番目は登山計画書の有無を調べる。登山計画書は家族・所属山岳団体・地元警察署・登山口の記載所・山小屋などが調査対象になる。本人以外のパーティの把握も重要である。旅館などの宿泊者名簿も重要である。飯豊連峰では、梅花皮小屋・御西小屋・本山小屋は管理人が常駐している時は、全ての宿泊パーティとコースを把握している。また、交通機関(タクシー・バス・鉄道)の関係者からの聞き取りも必要に応じて行う。マイカーの場合は車の捜索からスタートする。車が置いてあった正確な場所を地図上に落とす。
2番目は情報の整理である。情報の精度を吟味する必要がある。その時点で入手されている情報はどのような根拠で確認されたか、本人であるという確認はなされたか、その方法は(写真確認など)何かを記載する。各コース・山小屋の現状はどうなっているかも記載する。登山計画書に変更があるとすればその明示はどのようにされているかも考慮する。各コースを通った、または通らなかったと思われる理由を列記する。遭難者は何時までどのような理由で下山する必要があったかも忘れてはならない。所属する山岳団体での予備日の考え方によっても状況が変わる。遭難者の登山技術のレベルと装備を記載する。擬似遭難・蒸発・自殺志願の可能性はないかも検討課題である。遺書の有無、友人などに何か漏らしていなかったか(家庭・恋愛・仕事・借金など)は聞きにくいが、チェックしておく。過去の天候(登山者カードから抽出した登山者からの聞き取り)、降水量・降雪量・風・視界も重要な要素である。既に他の町で救助隊が出動している場合は、各救助隊の正確な行動記録(確認したルート・エリア)が必要である。
先程、本人以外のパーティの把握も重要であると話した。それには登山者カードの確認を行うが、私達はアマチュア無線による常連客の動向を活用している。登山者カードは遭難パーティの記載だけでなく、当時入山した全てのパーティの原本を全て本部に集める。遠隔地はFAXを使用する。電話による連絡は、見落としや誤りが多いので注意が必要である。あらかじめ登山者カード設置場所一覧を作成しておくことは勿論である。次に遭難パーティ以外の通過者から情報を収集するため、出会った可能性のあるパーティの一覧表と個表を作成する。一覧表を基に、聞き取りを行うべきパーティをリストアップする。特に地名などについて信頼できる山岳関係者がいないかどうかチェックする。これに基づき、日程(期日・コース)、パーティ代表者氏名、住所、電話(自宅住所・勤務先住所)、所属山岳会、遭難者と会ったか会わないか、聞き取り者の所見を記載する。事情を話し、消去法を行うための資料とするため、具体的なタイムや場所を聞くことになるが、聞き取りは、山域の知識が豊富な救助隊員があたるのがポイントである。
ここで聞取り調査の注意事項を上げてみたい。
1番、被調査者がそのコースを熟知している方が、より正確なデータを得ることができる。
2番、調査者のコース熟知度によって、正確さが大きく左右される。
3番、調査の目的は、各事項について明確であるか不明確であるかを分類し積み上げて、判断材料を作ることである。
4番、被調査者に無理な選択をさせない。
5番、被調査者の思い込みをなくし、各事項を整理していく手助けをするのが調査者の役割である。
6番、山は常に変化している。調査者の経験だけが山の全てではないことを認識し、常に新しい資料を使用すると共に、独断を避ける。
7番、地図や略図・写真・断面図などを被調査者に示すことも一つの方法である。
8番、調査者が聞き取りを行っている最中に、脇から口を挟まないこと。
9番、調査者は、例え場所を個人的に特定していても、それを頭の中から捨て、誘導尋問にならないよう特に注意すること。
10番、現場の確定ではなく、何処の地点まで確実に消去できるかを調べるためのものであることに留意する。
11番、被調査者の言う地名が正確であるかどうかに疑問を持ち、各種の情報を組み合わせて判断すること。その手がかりとして山小屋・標識・三角点などに注目し、その地点と他の地点との関係、登山道の傾斜、見晴らし(何が見えたか)、樹木や花などの種類、道の両側の傾斜、岩場、水場、標識の記載事項や形、所要時間、ばて具合を利用すること。出版物によって記載内容が異なっているので、被調査者の使用している地図やガイドブックの名称や発行年度を確認すること。
12番、本人が今まで登った山域やコース名・季節・コースの様子などを聞き、本人のレベルを推定すること。所属団体や受けている訓練も参考になる。単なる年数は参考にならない。山行や訓練の内容に注目することである。
13番、最後に調査結果はメモを取り保管する。
私達が無意識で行っていることを整理すると次のようになる。慣れない時は、あらかじめ「聞取り調査カード」を作成しておくと有効である。
1番、調査者氏名。2番、聞取り方法(対面か電話か)。3番、聞き取りの場所。4番、被調査者氏名。5番、被調査者の住所・電話。6番、被調査者の勤務先・電話。7番、被調査者の今後の予定(自宅・宿泊先など)。8番、所属山岳会。9番、遭難者との関係。10番、同じパーティであるか、別のパーティであるか。11番、遭難現場を通りかかり見ているか、遭難現場は見ていないか。12番、遭難者と会っているか、遭難者と会っているかも知れないのか、遭難者と会っていないのか。13番、遭難者と顔見知りであるか、知り合いではないが、写真などで確認しているのか(確認の根拠)、遭難者は知り合いでないのか。14番、被調査者の山域およびコースの精通度は、初めてである、2〜5回、6回以上、年に1〜3回、年に4回以上。15番、被調査者の登山技術の水準については、過去2年間に登った山の時期・山域名・コース名を聞くことである、昔の話はあてにならない。16番、被調査者の山行記録を聞く、行動記録は時系列に列挙し、時間(休憩や食事も分かるように)、場所(具体的なポイント名・山頂・小屋・標識・不明の時は何処と何処の間として記入)、天候の状況(雨・風・視界の程度)、登山道の状況(残雪の残り具合、積雪量、足跡やトレースの有無と人数・新旧・登り降りの別、転落滑落の跡の有無、落石の有無、迷いやすくなっていた場所)。17番、途中で出会ったパーティを列挙(遭難者以外も含む)して貰う。すれ違った人・追い越した人・途中で休んでいた人・それらのパーティの特徴(構成者の人数・性別・年令)。18番、小屋の宿泊状況(どのようなパーティがいたか)、小屋の中を覗いたか覗かなかったか(どのようなパーティがいたか)、小屋の周辺で休んでいたパーティ。19番、小屋の周辺や登山道の近くなどに天幕はなかったか(その形式・大きさ・色など)。20番、その他気付いたこととなる。
それでは、具体的な聞取り例を上げてみよう。先ずは被調査者の氏名等を確認し、自己紹介をして協力を求める。「○○さんですか。私は山形県小国町の山岳救助隊の井上です。実は飯豊連峰で下山予定日を過ぎても帰ってこない登山者がおり、探しています。登山者カードを確認したところ、当時○○さんが飯豊連峰に登られていたということなので、協力を頂きたく電話いたしました。協力いただけますでしょうか。」次に調査の目的・方法を説明する。「この調査は、捜索の範囲を少しでも絞り込んで、効率的な捜索活動を行い、できる限り早く遭難者を発見するためのものです。ですから遭難者と会わなかったことや、当時の気象、コースの状況なども貴重なデータになりますので、一見関係のないことをお聞きするかもしれませんが、よろしくお願いします。」その後に遭難事故の概要を説明する「始めに遭難者の日程と特徴ですが、最後まで予定通りに行っているとすれば既に帰ってきている筈なので、必ずしも予定通りとは限りませんので注意して下さい。・・・・コース・日程の予定、パーティの構成(単独)、宿泊形態(小屋・天幕)、氏名(小屋で同宿になった時など自己紹介をしていることがある)、性別、年令、身長、眼鏡の有無、住所、体型、ザック、カッパなど・・・絶対確実なこと、既に確認されていることだけを話す。不確定な情報はその旨を前置きして話す」いよいよ核心部である本人の山行記録を尋ねる「それでは○○さんの山行記録をお聞きします。・・・先程の内容に従い一つ一つ確認する。」最後にお礼を述べる。「ご協力、大変ありがとうございました。なお状況によってはこの後も、お話をお聞きするかもしれませんので、その時もよろしくお願いいたします。またこの他に何かお気づきの点がありましたら、小国警察署に捜索本部を設けておりますので、ご連絡下さい。電話番号は、0238-62-0110番です。ありがとうございました。」

第2項 遭難現場が特定できる場合
遭難現場が特定できる場合とは、遭難者または現場に居合わせた者から、遭難通報または救助要請があった場合である。先ずは最低限必要な項目を列挙してみる。
1番、遭難者の様態。2番、遭難者の住所氏名。3番、遭難現場の正確な位置・現場の状況。4番、遭難パーティの登山計画。5番、登山計画書・山行記録書。6番、第一報の流れとその内容。7番、通報者は誰か(遭難者本人・遭難者パーティ・居合わせたパーティ・小屋番・その他)。8番、通報の方法、無線(使用機器の種類・中継者)・下山。9番、通報者の現在位置と今後の予定。10番、受信者・時間となる。
これを受けて、直ちに関係者への連絡を行うことになる。関係者とは小国警察者(県警本部)、町役場町民課(山岳遭難対策委員会事務局)、救助隊々長・各班長(これを抜かすとその後に致命的な大失態を演じる)である。次に本部の位置を定める。小国町の場合は小国警察署の中に設ける。警察署の中に複数の電話回線、警察無線、アマチュア無線機があることが強みである。次に各種のデータを集めるが、1番、気象状況。2番、現地の様子(過去の気象も調査する、特に雪崩対策には必要)。3番、降雪量(場所・時刻)。4番、降雪状況・降水状況(場所・時刻)。5番、風速・視界(場所・時刻)。6番、今後の予報、電話は新潟市と山形置賜では発表時間が異なる、新潟の方が詳しくかつよく当たる。テレビ(NHK18時50分から)やインターネット(雨量や雲の様子が分かる)、今後は国土交通省のダム管理事務所が所有しているデータも一考したい。
家族などに対する説明も重要である。費用の説明・費用負担責任者の確認、現状の説明・収容捜索予定の説明を行うが、地図・写真・航空写真等を利用すると理解を得やすい。後々のトラブルを避けるためにも、相手の対場に立ち、正確で十分な説明が必要である。ヘリポートの確認は事前に調査しておく。ヘリコプターや救助者の保険を県警地域課に確認する。防災ヘリコプターは町民課を経由して山形県消防防災課に連絡する。麓のヘリポート使用手続き、ヘリコプターに何を要求するのか、物資輸送・隊員の輸送・現地確認・負傷者の収容(着地・吊り上げ)なのかを確認する必要がある。そのためには、救助収容作戦の立案とそれに基づく救助隊員の手配を行うことになる。またマスコミ対応も、例えば終始警察署次長が対応するなど、一貫性が必要である。

第3項 救助要請と事故報告
救助計画の立案に必要な事項は、救助要請者によってもたらされるものが多い。救助を要請する者は次の点を添えて要請して欲しいし、要請を受けた者は欠けている点があればそれを尋ねて補足することが必要である。
1番、事故者のパーティ名・氏名。2番、正確な現在位置、そのためには、地名(確認した標識)、標高(確実な地点からの標高・距離・方位)、景観・残雪・地形・樹木の種類や高さなど判断材料になるもの、現場付近の状況が参考になる。3番、登山道上か登山道外に転滑落か、現有人員・技術・装備で引き上げが可能か。4番、道迷いの場合は現在位置を把握していない場合が多い。5番、次回の連絡方法。6番、発信者の住所氏名と事故者との関係。7番、トラブルの内容、負傷の部位と程度。8番、発生日時、発生した時間と認知した時間。9番、トラブルの原因と再発の可能性。10番、行った処置および今後必要な処置。11番、現在同行者氏名(全員・所属)。12番、現場付近の気象、積雪量・降雪・降水・風・視界。13番、今後の予定。14番、不足装備・医薬品・食料・水など。15番、遭難者(遭難パーティ)の登山技術のレベルと装備、これまで登った山域・コース名・期日を列挙する。特に沢登り・岩登り・積雪期登山・各種訓練、当山域・コースの通過経験と時期に留意する。16番、要請事項、自パーティの役割と要請事項を明確にする。

第4項 救助収容計画の立案
具体的に救助収容計画の立案のポイントについて述べる。
1番、事故現場の推定位置。これは一点だけでなく、広がりをもたせること(何処と何処の間)。
2番、現場までの所要時間の確認、急行班はコースタイムの3分の2、普通班は1分の1。飯豊連峰の場合2001年版からコースタイムを変更したので、急行班は2分の1、普通班は3分の2で計算する。
3番、夜間行動の是非を検討する。
4番、吊り上げの要不要を検討する。
5番、タイムスケジュールを設定する、一次隊(役割・集合時間・活動範囲)、二次隊(役割・集合時間・活動範囲)。
6番、無線通信網を設定する、警察無線所轄系・警察無線県内系・アマハム(144mhz・430mhz)・その他(パーソナル・市民バンド・携帯電話等)。
7番、人員の手配、各班の名簿(警察も含め、あらかじめレベルをつけておく)、自分一人で行動できるか、収容技術があるか、コースタイムに対してどれくらいで歩けるか、人を背負う体力があるかが判断基準となる。
8番、装備の手配、個人装備の手配(食料・装備)、団体装備の手配、食料・装備の手配(倉庫・買出し・発注)である。

第5項 夜間捜索の判断基準
夜間行動が可能かどうかは、迅速な捜索救助作業に欠かせない判断である。原則として夜間捜索は、A級隊員以外は行わないこと。夜間捜索を強行するには、目的を明確にし、行動の指針とすること。具体的には、遭難者の確認、遭難者を元気づける(捜索していることを知らせる)、遭難者を収容する、遭難者に救急処置を行い、安全の確保を行う、翌日の行動を早くするといったことが考えられる。次に収容までのタイムスケジュールを作成する(ヘリコプターとの連携)。隊員の疲れに留意する。経験上、夜間フルに行動した隊員は、その後は自分の身の確保のための行動が精一杯になる。天候が安定しており、落石の恐れがなく、ルートファィンディングが容易であること(夏道を意味する)。A級隊員は通常コースタイムの2分の1の時間で行動するが、夜間は3分の2となる。そのコースに熟達している者以外は参加させないこと(人の面倒を見ている余裕がない)。現場の確定に不確定要素があれば、通報者を同行すること。晴天であり樹林帯以外であれば、概ね日の出の30分前からライトなしの行動ができる。夏期であれば、午前4時から雪渓上での活動が可能になる。逆算すると、小国警察署午前1時30分発、温身平2時30分歩き始め、4時石転ビノ出合通過、6時梅花皮小屋到着となる。ただし前夜は遅くとも午後9時に就寝したい。実際は11時過ぎとなり常に寝不足との戦いである。

第6項 無線交信カードを作る
記録を残すために、無線交信カードを作成したい。現場では作成する余裕がないので、本部で作成する。発信者・受信者・交信内容・交信時間・交信場所(現場)を記載する。また、本部では必要最小限の送信以外は発信しないことが大切である。特に次から次に細切れに現場の状況を質問してくると、現場の行動に支障を生じる。

最後に
人は自然界における、ひとつの構成物である。私は人が何処から来て何処へ行こうとしているかを知らない。大きな流れの中の一個の分子として、数十年の瞬間を、無常に恐れおののきながら、怠惰に日々を過ごし続けている。たまたま縁があって山に巡り会い、多くの事故者と接してきた。いつしか私の山のテーマは「安全で快適で感動のある飯豊朝日連峰」の実現となった。飯豊朝日連峰において、私と山仲間達が経験し、涙し、工夫してきたことを記し、今後の事故対策の一助としたい。

記:飯豊朝日山岳遭難対策委員会山岳救助隊副隊長 井上邦彦