飯豊連峰を安全に快適に楽しもう

1 登山は楽しい
近年、1,000m前後の山頂は登山者で混雑しています。顔ぶれを見ると、中高年の方が圧倒的に多く、女性の割合が高いようです。山に登っている方々は健康的で楽しげに自然を楽しんでいます。かつて若者それも男性が多かった登山界ですが、最近はすっかり中高年の女性にお株を取られているようです。
何故このような状態が生じたのでしょうか。最近は健康ブームです。昼のテレビ番組は健康をテーマにした物が多く、書店にも健康ものが溢れています。若いうちはそれ程に意識しなくても、中高年になると健康についての話題が多くなります。健康は中高年の最大関心事なのです。健康を維持するためには、食生活と運動が大切です。有機野菜や低農薬に関心が集まっています。問題は、運動不足ですが、かといってスポーツに取り組むとなると、大袈裟過ぎてなかなかできない方が多いようです。健康器具を購入しても、長続きしません。そこで手軽にできる運動として、ウォーキングが人気です。早朝、姿勢を正して黙々と歩いている中高年の方をよく見かけます。一時期ジョギングがブームになりましたが、膝を痛める等、逆に健康を害する方が続出し、現在は下火になっているようです。健康を維持するためには、120/分以上の脈拍数で30分以上の運動が必要と言われますが、これを継続するとなると、なかなか至難の業です。
ジョギングもウォーキングも、健康には良いのですが、近所だけでは少々楽しみに欠けます。そこで、どうせなら自然の中で友人達と楽しみながら歩きたくなるのも自然の成り行きなのでしょう。日本は山国です。何処にでも山があります。自然の中を歩くとなれば山になります。山に行くと木々はフィトンチッドを振り撒き、新鮮な空気が爽やかです。ウォーキングのアスファルトに変わって柔らかい土の感触が何とも言えず心地良いく、道の傍らに目をやれば、草花が咲いています。水道水では決して味わえない湧き水の喉越し、友人同士や夫婦の楽しい語らい、山で食べるお握りの何と美味しいことでしょうか。もう山に病み付きになりそうです。そんな時、友人から高い山の話を聞き誘われます。書店で山の本をめくってみます。自分でも登れるのだろうか、未知の世界に不安と期待が込み上げて来ます。そして何時しか山にのめり込んでいる自分に気がつくのです。
現代の登山の隆盛は登山用具の素材革命を抜きにしては語れません。通気性と防水性を兼ね備えた雨具の開発は画期的でした。下着は濡れてもすぐ乾き、べとつき感がありません。軽登山靴は軽く足に良くフィットして足首を保護してくれます。小さなガスコンロを持参すれば、山頂で簡単な料理さえ可能です。適切な登山知識に基づく登山は、安全・快適で感動たっぷりの優れものなのです。

2 飯豊連峰の危険性
最近の高齢登山者の留まる事を知らない増加を考えると、下界の日常生活で発生するトラブルは全て山中においても起きると言えます。下界では何でもない僅かのトラブルが山中においては、致命的なトラブルに発展してしまいます。
飯豊連峰の一番目の特徴は、低い標高にあります。登山口が天狗平で406mに過ぎず、主稜線でも2,000m前後です。さらに対馬暖流の影響を受けるなど、夏期の気温・湿度は高いと言えます。森林限界を脱して主稜線まで達すれば、日本海からの風が体感気温を下げてくれますが、それまでの過程における暑さ対策が課題となります。
飯豊連峰の二番目の特徴は、1日でクリアしなければならない高度差が1,600m以上と大きく、さらに傾斜が急なことです。また、飯豊連峰はその名称が示すとおり、ピークハント(頂上征服)ではなく、宿泊をしながら連なる山並みを越えていく縦走形式が中心となります。従って日帰りは難しくなります。
三番目の特徴は、主稜線の山小屋は全て非難小屋の機能しか持たず、寝具・食料・自炊道具を全て持参しなければならず、必然的に荷物が重くなることにあります。
飯豊連峰においては、自分の体力限界を把握して無理な行程はとらないことが特に大切です。コースタイムはあくまでも目安であることを認識せず、何が何でも歩く方を時折見かけますが、一日の行動時間が長くなり、疲労が蓄積され、トラブルの原因となっています。北アルプスのように、登山道が階段状に整備され、転倒や滑落の恐れの少ない登山道と同等に考えて入山することは避けるべきです。
先日、ダイグラ尾根で下山中に見かけた登山者は、女性5人に男のガイドのパーティで、短くて緩やかな傾斜の岩場を、普通は立たって歩ける所を、尻をつき、ずり降りていました。能力を考えてコースを決めるのは、登山の基本です。
このような条件下で発生する夏期における飯豊連峰の遭難には、ある共通点「脳と血液の関係」が隠されていると思います。
一つ目は水分の問題です。例えば、暑さによる日射病は、末梢血管を拡張させ、結果として脳に行く血液不足となります。また、脱水症状による血液の粘着度の増加も考えられます。登山行動の脱水量は「5g×体重×行動時間」と言われます。体重60kgの登山者が8時間の行動をした場合は、2.4Lの水を失われています。血液中の水分量が減少すると、血圧が下がり筋肉への燃料や酸素の供給がうまく行かなくなるため、体重の2%の脱水で持久能力は10%低下し、疲労感・倦怠感・息切れ・頭痛・めまい・吐き気・低血圧が起こると言われています。脱水量を2%以内に抑えるには、「5g×体重×行動時間-20×体重」つまり1.2L以上の水分摂取が必要です。また良く知られていることですが、脱水を放置したままで運動を続けると、体温が上昇し、発汗が抑えられ、熱射病となり、運動失調や意識の混濁が起き、死亡に至ることもあります。普段、冷房の中で生活をして汗をあまりかかない人は、発汗による体温調節機能がうまく働きにくく、汗とともに必要な成分が失われる傾向が強いと言われていまし、高齢者は汗をかく能力や消化器系の能力が低下しており、水を補給しにくいと言われています。
二つ目はエネルギーの問題です。体内に蓄積された炭水化物は、通常1〜2時間の行動で不足状態になるとされていますが、炭水化物が枯渇し脂肪のみが燃焼する場合は、脳のエネルギーが不足すると言われています。
三つ目は酸素の問題です。ご存知のとおり、標高が高くなると気圧が低くなります。大気中に含まれる酸素は気圧に関係なく約20%とされていますから、高い山で運動をすると血液中の酸素濃度が低下します。高度による呼吸数と呼吸量の変化は、標高約1,000mで始まると言われています。飯豊連峰は2,000m前後の主稜線が連なる山脈ですから、基本的には高山病は発生しないとされています。しかし、それは健全な若人を対象にしており、循環器系統に幾らかでも障害があったり、タバコによる動脈硬化がある場合や高齢者の場合は、僅かであっても高度による酸素の低下を無視できないと思われます。血液が酸素で飽和されている度合いをSPO2と言いますが、私の調査でも、同行した高齢者はSPO2が80%まで低下しています(下界ではSPO2が80%を下回った時は集中治療室に入ると言われています)。
登山におけるトラブルは、要因どうしの掛け算で発生しますから、このような要因が他のトラブル要因を加速する可能性はあり得ると思います。特に自覚症状のない極めて軽度の脳障害と重なった時は、大変に危ない状態が出現すると言えます。正常な感覚が失われ、曖昧なルート選択を行ったり、不用意なホールド(手掛り)やフットホールド(足場)を選んでしまう可能性があるものと思われます。
次の隠された要因は「筋肉の疲労」です。乳酸が増加し始めるポイントを無酸素性作業閾値(AT)と言います。登山は理想的な有酸素運動ですから、ATより下の範囲であれば疲労せずに長時間の行動ができることになります。このATポイントを脈拍数で表したものを目標心拍数と言い、個人差はあるものの、「(220−年齢)×0.75」が目安とされています。これによれば、30歳で140/分ですが、60歳では120/分となります。しかし宿泊する荷物を担いで飯豊連峰の急坂を登る場合、私の調査でも心拍数は150〜160前後まで上昇します。この値は体力のある20歳台のATに相当します。従って、純粋な有酸素運動ではなく、無酸素運動となり、乳酸が蓄積してついには動けなくなるのです。
一方、下りにおいては脈拍数は増えず、心肺機能にとっては楽であり、概ね登りの半分のエネルギーで済むと言われています。下りの問題は筋肉の使い方にあるとされています。登山で最も重要な筋肉は太腿の大腿四頭筋です。この筋肉は、登りの時には縮むことにより力を発揮しますが、降りでは引き伸ばされながら衝撃を吸収することになります。筋肉は自然な動きである短縮性収縮には強いのですが、通常なされない不自然な伸張性収縮には弱いと言われています。筋力不足の人が伸張性収縮を繰り返し行うと、筋細胞が破壊されて筋力は急激に低下するのです。脚力が低下すると、体重を支えるための踏ん張りが効かなくなり、僅かなことで転倒しやすくなります。登山者の中では、これを俗に「膝が笑う」と表現しています。ジョギングでは片足が着地するときには体重の3倍の負荷がかかり、膝や腰に大きな負担をかけるので、高齢者にはウォーキングが適していると言われますが、登山の下山時には体重プラス荷物の着地衝撃が加わっているのです。
三番目の隠された要因は「高齢のよる運動能力の低下」です。年齢を重ねると体力が衰えてくることは誰もが認めることでしょう。日本人の体力標準値によると、60歳は20歳に比較し、全身持久力は60%なのに対し、平衡性は30%まで低下しています。反射反応の低下を充分に自覚することが大切です。石の上に足を置き、石がぐらついても反射的に保たれていたバランスが取れなくなっています。自分の能力の低下を素直に認め、足を置く前に十分確かめなければなりません。高齢は個人により程度の差はあるものの否応なく誰にでも来るものです。50歳を過ぎれば新たに体力を増加することは困難になり、むしろ今まで蓄積してきた体力をどのように温存していくかに重点が置かれてきます。一病息災という言葉があります。老化も一病と捉え、適切な山行管理を行うことが大切と思います。病院で測る血圧を知っていても、脈拍数の変化や体力の変化を数字として知っている人は少ないと思います。例えば安静時の脈拍数、快適に行動できる脈拍数、苦しくなる脈拍数、自分はこれまでの山行で標高差100mを何分で登っているでしょうか、老化と鍛錬によるこれらの変化を数字として把握し、自分の山行計画に取り入れたいものです。40歳を過ぎると、体力の個人差が極めて顕著になると言われます。60歳を過ぎても若い方顔負けの山行を続けている方々を沢山知っています。もしろ問題は、高齢者の能力は個人差が大きいということです。「中高年者の集団登山は避けた方がよいし、あえてそれをする場合でも数名に一人はサブリーダーをつけ、面倒を見るくらいの配慮が必要である」と言われているのです。

3 安全に楽しく登るために
登山を快適に安全に行うためには、「食う・寝る・出す・楽しむ」の4要素が大切です。
「食う」については、必要なカロリーを適切な形で適切な間隔で摂取しているかどうか、水分は十分に摂取されているか、美味しく食べているか、に留意すべきです。軽量化に配慮するあまり普段食べなれない食料計画をたてるのは論外です。
「寝る」とは、適切な休憩と睡眠を取っているかということです。行動中における長時間の休憩はせっかく温まっているエンジン(身体)を冷やしてしまい、行動のリズムを崩してしまうことになります。また、極端な早寝早起きが下界との生活時間のずれを生じ、ストレスを生み出す原因となっています。
「出す」とは、快適な排便がなされているか、発汗による体温調節機能が十分機能しているかです。汗がさらさらしており、余分な成分の排出が抑制されているかが目安になります。尿の量についても留意する必要があります。脱水症状が進むと尿が減少してきますし、尿の色についてもチェックしておくべきでしょう。
「楽しむ」とは、せっかくの山行を十分楽しんでいるかということです。辛さや恐怖をひたすら我慢している行動は、異常に腰が引けた姿勢で重心のバランスを崩したり、中には過呼吸を起こして倒れる方もいます。また血圧の上昇が生じることもあります。花をめでたり、仲間と会話を楽しんだりして愉快に登ることが大切です。

4 歩き方のポイント
それでは、より具体的にどのような歩き方をすると良いのか、私の経験から6点ほどポイントを上げてみましょう。
@ 衝撃を最小限にした歩き方をマスターしましょう。例えば、私達は底の薄いズック靴や地下足袋(スパイク地下足袋)をよく利用しますが、慣れない登山者が履いた場合はすぐトラブルを起こすでしょう。足を乱暴に前に投げ出すような歩き方をすると、爪先を岩等に打ち付けて爪が割れたり指の骨折を起こしてしまいます。また、下りでは指股や指先が履物に食い込み、血だらけになる事も珍しくありません。さらに、足首が固定されていないために、うっかり足の側面に力が掛かると、たちどころに捻挫をしてしまうのです。熟達者はこれを防ぐために、そっと足を上から置いて力を掛け、斜面では靴底をフラットに置き力の加わる方向を調節し、さらに膝の屈伸をうまく利用して、着地の衝撃を最小限に抑えています。これでも、足裏にはかなり負担があり、長駆の場合は火照りが強く寝付けないことがある程です。言わば熟達者は猫のように山を歩いているのです。
A 私は現在、2本ストックを利用しています。この方法は今年亡くなった小国山岳会の大先輩でマタギの名人と称された前田治二さんのやり方を真似たものですが、これを採用してから登りも降りもかなり楽になりました。特にフリークライミングのトレーニングのため家庭用の懸垂器具で、懸垂とディッピング(肩の強化)を行った時期には、殊更にパワーの向上を実感しました。ストックをバランス保持の道具としてだけではなく、積極的に脚力の補助具として使用するためには、腕力の強化が欠かせません。
B 遭難者のザックを搬送する際は中の荷物を振り分けることが多いのですが、ザックの中身を見て唖然とする場合が少なくありません。濡れた衣類が大量に出てくるのです。私は初心者と同行する場合は、努めてザックの中身をチェックする事にしていますが、不用品としてザックから除外される装備が全体の3分の1から半分になります。飯豊連峰は前述のとおり、他の山に比べて荷物が多くなります。如何に荷物を軽くするかがポイントなのです。通常、ザックは日が経つにつれて食料や燃料が少なくなり軽くなる筈ですが、毎日着替えをしていては、ザックは濡れた衣類でむしろ重さを増していくのです。また、食料計画も楽しく美味しく十分な量を摂取でき、非常用以外は綺麗になくなるように配慮しなければならない。私達は食品の包装箱も事前に外して持参して、塵を出さないように工夫していますが、これも軽量化のひとつなのです。
C 遭難者を搬出に向かう時、真っ先に気になるのが負傷の部位と負傷者の体重です。負傷の部位は搬送方法を決定し、搬送方法によって必要な人員や装備が決定されます。経験上、負傷者にも救助者にも負担が少なく最も早く安全に搬送できる方法は、レスキューハーネスによる背負い搬送です。この場合、当然背負い者は一人ですから、負傷者の体重が重要なポイントになるのです。これは、遭難時だけでなく、通常の登山においても同様です。筋力が同じであれば、体重の軽重がそのまま登高に必要なエネルギーの量に比例しますし、下降時の衝撃も同様です。先ずは、体脂肪率を平均もしくはそれ以下にすべきでしょう。炭水化物は体内に1〜2時間分しか蓄えられませんが、普通の人でさえ脂肪は連続して7.4日もの間燃焼し続けることのできる量が蓄積されているのですから、これを増やす必要性は存在しません。いくら荷物を軽くしても脂肪を担いでいては快適な登山は望めません。体脂肪の減量には、登山が最適です。1日6〜8時間にも渡り、ATの脈拍数を維持できる理想的な有酸素運動は他にはなかなか見当たらりません。また、筋肉マンは登山には向いていません。筋肉は重量があり、蛋白質はエネルギーになりにくい性格を持っています。登山に必要な筋肉以外は余計な荷物とは、言い過ぎでしょうか。
D 傾斜の緩急程度は降りの衝撃の重要な要素です。特に高齢者や筋力に不安がある登山者は斜度に注意を払うべきだと思うのですが、殆どの登山者がコースタイムだけに気を取られ、この視点を見落としていることは残念です。例えば、何故ダイグラ尾根の下降が難しいかと言えば、上部の登降の繰り返しでいい加減うんざりし、頭もボーとして判断力が低下し、大腿四頭筋がへばってきた頃に休場ノ峰(1,320m)に到着します。後は降りだけと喜んでいると、いきなり岩が転げるような急激な下降が延々と桧山沢(480m)まで続くのです。このダイグラ尾根の罠にまんまと掛かる登山者は後を絶ちません。飯豊連峰は背骨(主稜線)に肋骨(尾根)がついた形をしていますが、肋骨のコースは取り付きから主稜線まで急峻な尾根であることに留意が必要です。また私は最近、膝に伸縮性のバンドを巻いて下山していますが、膝の腱を補強する上で大変に効果があるようです。
E 最近の登山靴は、軽量化して柔らかなトレッキングシューズ(軽登山靴)が全盛です。これも脚力の落ちている登山者の足首損傷の一因にもなっていると思われます。従前は皮製の重登山靴が主流であったため、足首を保護しているので足首の損傷はあまりありませんでした。特に問題は靴紐の結び方(履き方)です。先日、女性登山者に聞いた話では、ある大手の登山用品店の店員から「足首の最上部の紐フックは必要がない」と説明を受けて靴を購入したとのことですが、これは全くの誤りです。登山靴の基本的な履き方は、足指および甲を緩やかにして、踵とくるぶしで固定するために、必要な靴紐がついているのです。足首を全く結んでいない場合、下山時などに、足首の負担が増えて損傷の原因になります。また大腿四頭筋にも過負荷がかかって、全体的に疲労が蓄積されますし、踵の靴擦れの原因にもなります。いくら立派な登山用具を購入しても、使い方を間違えると逆効果になってしまうのです。

5 誰と登るか、どのような計画を立てるか
登山形態の変化は、リーダーシップとメンバーシップにおいて顕著です。過去において山岳会で行われていた、教育的色彩は極少数派になっています。仲間が意識が希薄になっているとおもわれます。
一昨年、上山市で開催された全国山岳遭難対策協議会では、急速に増えている一般募集のツアー登山の問題点が指摘されました。登山専門のツアー会社は比較的対応しているのですが、旅行会社が募集する企画の中には、これまでの登山常識からは考えられない行動が見られます。そのようなツアーのガイドを経験した当隊員は、二度とガイドをしたくないと言っています。
例えば協議会の席上、「パーティの誰かがトラブルを起こしても、救助隊に頼んで収容してもらえば良い。後はまた楽しい登山を続けられる」という考えのグループが全国的に増加していると報告されました。
私の経験上、飯豊連峰において、初心者の引率を行うためには、引率者1名に対しメンバーは5名前後が限界です。さらに公募ツアーの場合、メンバーどうし、メンバーと引率者の間の信頼関係が希薄であり、金銭を媒介にした契約であるため、「金を出したのだから」という心理が働き無理や常識外の行動を取りやすくなります。ガイドとしては客全員の体調を把握し、バラバラな希望を調整しなければならず、トラブルの対応を考えると、複数のガイドが必要です。
飯豊連峰主稜線の山小屋は非難小屋のため収容人数が少なく、20〜50人です。小屋の性格上、予約制度は取っておらず、全ての登山者を受け入れていますが、最盛期には収容人数の倍の登山者が押し寄せ、身動きのできない状態で宿泊しています。ここに20人以上ものツアー登山が来るのですからたまったものではありません。このように考えると、飯豊連峰におけるツアー登山は10人の客に2〜3人のガイドが適切であると思われます。
登山計画を立案する時、ガイドブック等のコースタイムは重要なポイントになります。しかし、コースタイムがどのような基準で作成されているかを理解している登山者は少ないのではないでしょうか。コースタイムには基準は何もなく、全く作者の個人的な感覚に任されているのが現状です。基準がないのですから、他の山域でコースタイムの何割で歩けたから、今度の山域でも同様だろうと考えると間違いを起こすことになります。登りが得意で降りに弱い著者もいれば、その逆もありますし、荷物の問題もあります。さらに、コースタイムを利用する登山者がどのくらい疲れているかを想定して作成する場合もあれば、できるだけ客観的に計算する場合もあります。万人向けのコースタイムはないと言えます。せめてもの目安として、そのガイドブックでは上りだけのコースで標高差100mを何分に設定しているかを確かめて置きたいものです。例えば、私が単独で登る場合は、10kg前後の荷重で10分を要していますが、エアリアマップでは24分(梶川尾根下部)、文部省のテキスト等では17分としています。これまでの自分の山行記録と比較することをお勧めします。
山岳救助隊は、アマチュア無線を使用していますが、これは飯豊連峰が福島・新潟・山形の3県にまたがり共同作業を行う場合に、どのような場所でもお互いに直接交信ができるからです。救助作業は情報を如何に収集整理して現場を確認し、より適切な救助計画を立案していくかが大きなポイントになりますが、各山小屋や飯豊山中で行動している常連登山者とコンタクトが取れることも大きなメリットです。最近、全国的に携帯電話による救助要請が急増しています。しかし、山岳地帯においては携帯電話が使えないエリアが通常であり、飯豊連峰においても、登山口や尾根上では殆ど使用できず、僅かに主稜線上で使用できる場合がある程度です。非常用として携帯電話を携行するのは良いのですが、繋がることを前提とした計画は危険と言えます。

6 最後に
登山においては軽い捻挫ですら自力では全く歩けなくなり、放置しておくと重大事に直結します。遭難を受け入れる地元の隊員に常勤者はいません。皆、勤務を投げ捨てて現場に向かい、死と隣り合わせの救助作業を展開しています。事故現場で県警察ヘリコプターや県防災ヘリコプターと共同作業を行うことが良くあります。航空隊の方々も山岳地帯という特殊な環境下で危険かつ難しい作業をこなしています。私達はこれまで数多くの死者を扱ってきました。凄惨の中で何度も噛み締めてきた無念さがあるからこそ、遭難者を無事に収容することは山岳救助隊員として、何よりも嬉しいことです。でも一番嬉しいのは、事故がないことなのです。遭難事故が繰り返される度に、「無謀登山・無知・過信」等という言葉が新聞紙面に踊ります。でも私の中には、それではどのようにして事故をなくすのか、飯豊連峰において「安全に快適に感動のある山行」を楽しんでいただくために、今後とも様々な活動を展開していきたいと考えています。ぜひ登山者の皆さんのご協力をお願いします。

PS
山形県山岳連盟指導員会では、連盟に加盟未加盟を問わず、登山愛好団体に講師を派遣します。詳しくは、iide@ic-net.or.jpにお問い合わせ下さい。