山のことあれこれ

{この頁は、井上の個人的な日誌です。}

2004年04月26日(月)
新雪の飯豊・朝日が綺麗に見えた。

定点観測 飯豊山
定点観測 大朝日岳

2004年01月17日(土)
小国山岳会の新年会は、倉手山(情報第780号)に登った後、梅花皮荘で盛大に行われた。

席上、冬山合宿(新人訓練 情報第776号)の報告が行われた
現在作業を進めている「小国町沢名地図」の確認が行われた

2004年01月10日(土)
息子と2人、蔵王ライザスキー場で初滑りを楽しんだ。

朝篠から飯豊連峰
蔵王ライザスキー場から朝日連峰

2004年01月01日(木)
珍しく雪のない正月を迎えた。車で白鷹山を越える時、大朝日岳が姿を見せた。

雲の合間から平岩山と大朝日岳が見えた

2003年12月20日(土)
年末年始に飯豊山を目指す新人訓練の装備確認が行われた。

高貝リーダーがチェック 参加者でレーションを作成
装備は万全、山行は安全第一で

2003年12月11日(木)
久しぶりで飯豊山が望めた。白さが増して本格的な冬山の姿である。

定点観測 飯豊山と猿鼻山

2003年12月08日(月)
町中心部で7cm、小玉川(飯豊山登山口)で36cmの積雪。いよいよ雪の季節です。

2003年12月07日(日)
とうとう町中心部まで雪が降りてきました。昨日今日の2日間は自宅で地名整理。小国町全域の沢名が漸く纏まりました。これから最終チェックになります。身体がなまってきたので、ゆ〜ゆから朴ノ木峠までジョギング。雪の上に動物の足跡。

2003年12月05日(金)
小国町を取り巻く小起伏山塊も白くなりました。町中心部まで降りてくるのも間もなくです。

定点観測 飯豊山と猿鼻山

2003年11月29日(土)
民宿奥川入で、小国山岳会の山閉い兼藤田氏出版祝賀会(俺の飯豊山)が行われた。

出席した小国山岳会々員
藤田栄一氏の挨拶 宮下会員に結婚祝賀金の贈呈
左は奥川入の料理の一部
ゼンマイの煮物、自然薯とススタケ、
ナメコ、エゾシカ
翌日、奥川入から飯豊連峰 同じく倉手山

2003年11月19日(水)
梅花皮荘で山岳救助隊飯豊班の反省会に出席。新しく購入した装備品(ペツル・ミニトラクション、伸びの少ない9mmロープ、ライフリンク・プロシリーズスピードカーボンファイバープローブ)の使用方法を説明。その後、本年亡くなった遭難者の冥福を祈り、来年の無事故を祈って懇親会を行った。

2003年11月18日(火)
晴天。朝から飯豊山が真っ白に聳えていた。夕方の朝日連峰は、祝瓶山には雪がなく、主稜は白くなっていた。

白さが増した飯豊山
左から西朝日岳、中岳、大朝日岳、祝瓶山の夕焼け


2003年11月17日(月)
職場から眺めると、猿鼻山や掛摺山に初冠雪、奥には真っ白な飯豊山が雲の間から一部が見えた。夜、ODD宅で小国山岳会の役員会、入会希望者への対応や山閉い行事などについて話し合った。

左から掛摺山、猿鼻山、右手奥に飯豊山

2003年11月16日(日)
基督教独立学園の生徒と茂松山に登る予定であったが、あいにくの悪天。学内で座学を行うこととした。テーマは気象。空気の性質から始まり、高気圧や低気圧、様々な前線の仕組みについて説明した。特に本日の低気圧の通過に伴う天候変化を模式図的に説明、さらには各季節における代表的な気圧配置で締めくくった。最後にザックとカッパを使った搬送法を復習。最近は天気図を描く人が少なくなった。私も日帰りだとインターネットの予報だけで済ましてしまっている。それでも天気図知識の有無は山を歩く者にとって是非必要なものと思う。
2003年11月15日(土)
新潟ICI石井で装備品購入。ロープ9mm20m、救助作業で使用するためには伸びがない方が便利である。これまでの経験で長さも20mが扱いやすい。軽量化と静荷重を考慮して9mmとした。ゾンデは遺体捜索ではなく生存者捜索を前提として選択した。最も早く確実に組み立てができることを重視した結果、引き手が針金状となっているライフリン/CプローブP280にしてみた。滑車は高貝喜久雄隊員推薦のカム付滑車ペツル/ミニトラクションを使用してみることにした。他にカラビナを購入。私物のザックは、65Lとした。最近のザックは様々な機能が付き過ぎている。できるだけシンプルで軽いザックを選択した結果、パイネ/BROADPEAK65を選んだ。これらの道具選択がベストだとは思わないが、先ずはこれらを使いこなしてみたい。