山のことあれこれ 11

2006年08月15日(火)

久しぶりに飯豊連峰がすかっとした姿を現した。

朝篠地区から遠望する飯豊連峰
石転ビ沢上部
定点観測 飯豊連峰 2006年08月15日

2006年08月14日(月)
 06:00過ぎ、梅花皮小屋のOTJから本人が門内小屋にいることが確認できたことと、門内小屋が現在使用している周波数の連絡あった。同時にLTQから携帯電話で同様の連絡があった。さっそく周波数を合わせ、警察署から本人の生年月日と住所を聞いて、本人であることを確認した。本人は元気でこれから梶川尾根を下山するとのこと、一件落着である。

2006年08月13日(日)
 昼過ぎに無線でダイグラ尾根取り付き桧山沢吊橋の工事が終わった旨の連絡があった。さっそくホームページに掲載すると共に、梅花皮・御西・本山小屋に連絡をする。
 墓参りを済ませてのんびりしていると、無線機からOTJの緊迫した声が聞こえた。小国警察署に電話を入れて状況を確認し、無線機で情報収集を行う。発端は飯豊山荘に予約をしていた登山者が来ていないとのこと。御西小屋で領収書を確認したところ、11日切合小屋泊、12日御西小屋泊、13日04:30以前に梶川尾根を目指して出発したことが分かった。梅花皮小屋には宿泊していない。門内小屋とは連絡が取れない。無線による情報収集後、警察署に行き情報分析。ご家族とも連絡を取った上で、翌日門内小屋に確認することとし、21:30をもって本山小屋・御西小屋・梅花皮小屋・天狗平ロッジの無線を閉局することとした。

2006年08月12日(土)
 足ノ松尾根から頼母木小屋まで、途中で雷に襲われ九死に一生。【登山者情報第1036号】に掲載。

2006年08月08日(火)
 小国山岳会記念誌打ち合わせのため、PWD・QVHと共に長井市泊。これまで自分が辿って来た足跡を振り返ると、感無量である。

2006年08月07日(月)
 小玉川公民館で山岳救助隊飯豊班のメンバーとバーベキューを楽しむ。飯豊山の山懐で牡蠣や鮑を肴に生ビールを流し込む。川近くではメジロアブの大量発生が始まる。

2006年08月06日(日)
 弥平四郎と祓川間の車道を確認に行く、ついでに飯豊山まで足を伸ばしてしまった。【登山者情報第1034号】に掲載。

2006年08月05日(土)
 昨夜の深酒が効いて、山に行けず。夜は町の花火大会を楽しむ。こんな日もあるでしょう。

2006年08月04日(金)
 なんとか昭文社のweb原稿を朝一番で送る。同級会で珍しく午前様。

2006年08月03日(木)
 昨日東北も梅雨明け宣言、それにしても暑い!

2006年08月02日(水)
 仕事を終えてから桧山沢吊橋の状況を確認に行く。心配した土台までのルートは、既に工事関係者により踏み跡ができていた。若干メジロアブが出てきたようだ。

登山道には流木が敷き詰められていた 登山道がえぐれている
土台手前の様子 左岸から破損状況を確認する
右岸の様子 本流の渡渉点を見下ろす
大又沢の渡渉点を眺める

2006年07月31日(月)
 ようやく北陸が梅雨明け。何とも雨の多い7月、どの小屋も利用者が少なくがらがらでした。

2006年07月30日(日)
 昨日の装備、殆どそのままに大日杉へ、途中から自転車。一人なので快適に登るが、途中から知り合いが多くなる。本山小屋でアル変、切合小屋で一服、下山は18:30になった。【登山者情報第1031号】に掲載。

2006年07月29日(土)
 03:45起床、山道具を適当に積み込み、日暮沢小屋に、合同巡視で竜門小屋往復、遠藤氏と会う。【登山者情報第1030号】に掲載。

2006年07月28日(金)
 激しい雨の中、LTQは門内小屋管理のため梶川尾根を登った様子。

2006年07月23日(日)
 町民登山で石転ビノ出合まで。夕方、昨日の3人でささやかな反省会。【登山者情報第1026号】に掲載。

2006年07月22日(土)
 JJ7EHJ・VCKと3人で梶川出合の巻き道整備と赤滝の土砂撤去作業を行う。夜は天狗平ロッジで町民登山に参加。【登山者情報第1025号】に掲載。

2006年07月19日(火)

自然公園管理人の舟山さんと電話で情報交換。桧山沢の吊り橋は太いワイヤーが切れ、倒れていた鉄柱が流されたとのこと。また桧山沢手前の登山道も被害を受けているとのこと。梶川出合の解決方法は「@本流の流れを変える、A登山道を手前から高く左岸を巻く新ルートに付け替える」ことが考えられるが、@は人力で無理、発破を使えればなんとかなるのだろうが・・・、Aは許認可や経費について山形県・環境省・森林管理署等との協議が必要・・・さてどうしたものか。

2006年07月17(月)

梅花皮小屋荷上げのため梶川尾根を登り、石転ビ沢を下山。→登山者情報第1024号に掲載。

2006年07月16日(日)

久しぶりで銃を出し、町内の射撃場で練習をする。先輩達から様々な助言をいただく。私のような不器用者は回数をこなすしかない。

2006年07月15日(土)

大雨、夕方にリフレで行われた猟友会の集まりに出席する。

2006年07月14日(金)

小国町の書店(アスモ内)で、藤田栄一さんの本を見つけた。今年の4月に、前自然公園管理人の藤田栄一さんと泉岡に住む横山七四郎さんが共同で作成した本で、私も頂いていました。自費出版なので部数が少ないと思い、これまで紹介をしていませんでした。

2006年07月08日(土)〜09日(日)

ダイグラ尾根を登り、梶川尾根を下山。→登山者情報第1020号に掲載。

2006年07月07日(金)

小国町総合センターで「飯豊朝日山岳遭難対策委員会総会」が開催された。席上、私HZUが山岳救助隊々長となることが了承された。

2006年07月06日(木)

マッキンリーに行っていた高貝会員からメールが届いた。

無事に帰国しました。前半は天気に恵まれましたが、後半(上部)は悪天で強風とホワイトアウトと−25度の寒さでした。ハイキャンプに6日間ねばり、3回ピークをトライしましたが、悪天に阻まれ、最終到達地点はピーク手前、高さ約300フイートで残念ながら引き返しました。「ハイキャンプ」の写真です

2006年07月05日(水)

関川村の〜むで開催された「磐梯朝日国立公園の飯豊地域の登山道調査にかかる意見交換会」に出席。環境省は新しく東北地方環境事務所を開設した。これまで放置されてきた登山道の侵食対策や植生復元に期待したい。

2006年06月29日(木)〜07月01日(土)

「平成18年度山形県高等学校登山指導者講習会」が県教育委員会の主催により月山で開催され、私は守屋氏と共に講師として参加した。初日の午前は各高校が持ち寄った事案に対する助言、午後は私の講義。翌日は宿舎の志津温泉から登山道を歩いて姥沢に行き、スキー場の端を歩いて姥ケ岳に登り、帰りは交互に人間を背負い、確保の訓練を行いながら帰宿。3日目は守屋氏の講義で終了した。
守屋氏から故鈴木勇哉君の遺族から寄せられた寄金で作製した「安全登山必携」を頂いた。高等学校山岳部を指導する時のポイントを簡潔にまとめてあり、嬉しく思った。

2006年06月25日(日)

鶴岡市すまいるで開催された「朝日山地森林生態系保護地域巡視員会議」に出席。情報交換ではスノーモービル問題が話題になった。午後からは自然公園法と森林法(保安林)の講座が行われた。また合同パトロールが7月29-30日に行われることになった。公園法ではスノーモービルは車馬に分類されることや、入林許可や作業許可の手続きが興味深かった。

2006年06月24日(土)

県岳連指導員会とマタギサミットに出席。「平成18年度山形県山岳連盟指導委員会総会」は面白山高原駅傍の藤花山荘で開催された。私は委員長の立場にあるのだが、会議の途中で退席し、山形市に向かった。
「第17回ブナ林と狩人の会:マタギサミットinやまがた」はウェルサンピア山形と東北芸術工科大学において開催された。1年ぶりにお会いする各地のマタギの方々や研究者の方々と楽しく交流することができた。モンゴルの遊牧民を研究しているという中村先生から「彼らは山の形で現在地を判断する」と聞いたことが新鮮であった。

指導員会で協議
マタギサミットにて田口教授の挨拶
マタギサミット懇親会で情報交換

2006年06月22日(木)

飯豊連峰定点観測 2006年06月22日

2006年06月18日(日)

石転ビ沢を登り、丸森尾根を下山→登山者情報第1014号に掲載。

2006年06月17日(土)

天狗平ロッジの清掃、登山者カード記載所の組み立て。

ロッジ周辺を刈り払う 雪囲いを外すとカメムシが凄まじい
隅々まで掃除をする 登山者カード記載所の組み立て
老朽化してきたので番線で固定 屋根は車の荷台に上がって乗せる
昼食はソーメン こちらは宿泊組

2006年06月13日(火)

倉手山々頂のスズメバチを処理する→登山者情報第1013号に掲載。

2006年06月12日(月)

関係機関に連絡し、スズメバチ処理の準備。

2006年06月11日(日)

遅い朝食を取り、ゼンマイ採り。夜、LFDから倉手山にスズメバチが巣を作っていたと連絡がくる。

2006年06月10日(土)

朝日連峰山開きに参加する。→登山者情報第1011号に掲載。

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