山のことあれこれ 25

2009年06月18日(木) フォト小国

フォト小国のメンバーが集まり、自慢の作品を持ち寄って批評しあいました。

2009年06月18日(木) 朴ノ木峠からの展望

06月16日朴ノ木峠飯豊展望台からの撮影です
中ノ島と梅花皮小屋の間に藪が見えます
天狗岳と大日岳
梶川尾根
丸森尾根
大境山
大境山上部
朝日展望台から 小国町と朝日連峰
伊東岳
寒江山

2009年06月13日(土) 山形新聞に掲載

 山形新聞に、丸森尾根登山口の登山カード記載所が掲載されました⇒PDFで見ることができます

2009年05月27日(水) 村上新聞に掲載

 村上新聞に、関川村の「藤島玄蔵書」が紹介されました⇒PDFで見ることができます

2009年03月26日(木) 「フォト小国」が設立

 これまで準備が進められてきた小国町の写真愛好家の団体が設立されました。名称は「フォト小国」、会長に齋藤弥輔、副会長に渡辺英雄・小野文一、事務局長に舟山政明、事務局員に藤田繁明さんが選出されました。今後は撮影会や例会などが行われますが、当面「山形おぐに写真コンテスト2009」を協賛活動を行っていくこととなります。メンバーの中には小国山岳会員の齋藤弥輔・藤田栄一・木内茂雄・井上邦彦が名前を連ねています。

2009年03月06日(木) 朝日山地ワーキング

 西川町で第5回ワーキングが開催された。今回はワーキングメンバーや関係行政機関の他に、各種団体の方々等が出席し、@20年度の実証試験作業報告、A21年度稲生の実施体制について報告協議が行われた。
 雪が融けて試験地がどのようになっているか、今から楽しみである。

2009年03月05日(水) 東北マウンテンガイド・ネットワーク

 今日、「東北マウンテンガイド・ネットワーク」から設立の挨拶状が届きました。
 代表の高村さんとは飯豊連峰でガイドをされている時に何度かスライドしています。また大滝さんは朝日連峰の緑化ネット荷上げに参加してくれました。
 山と真摯に取り組まれている皆さんの活躍を期待します。

  TMGネットのblog

2009年02月25日(水) 飯豊連峰を囲む三県山岳遭難対策合同会議

西会津町への途中、車道で雪崩が発生していた 小荒井実氏の講演  今年度の合同会議は西会津町で行われた。参加者は関係市町村・警察・消防・山岳団体である。講演は小荒井実氏による「飯豊連峰の自然に親しむ」、氏の多彩な見識がスライドを使って披露された。続いて喜多方消防署と新発田消防署から救助作業の報告が行われた。特に剣ヶ峰における収容作業の報告は目を見張るものがあった。
特注で作成したという大判フィルム用投影機 「草棒」について語る小荒井氏
大勢の関係者が駆けつけた
川入集落から見た寝牛の雪形 殿様に雪を献上
喜多方消防署の発表 事故現場
救助活動の説明
新発田消防署の発表

2009年01月31日(土) 山形県山岳連盟臨時理事会

〔出席者〕大滝会長・生亀副会長・清野副会長・常世副会長・粕川理事長・菅野副理事長・深瀬事務局長・伊藤理事・志田理事・菅埜理事・齋藤理事・井上理事・佐々木理事・竹田理事・太田理事
〔内容〕
20年度事業会計=県大会と東北大会の運営や国体出場といった国体関連の負担額が膨大になり、各委員会の活動費を大幅に削減せざろうえなくなった。
規約改正=日山協の組織改変に合わせて委員会の統合を行う。
役員体制=案の確認
国体予選会=真剣な論議が行われた。
各委員会=日山協と県岳連で異なる指導委員名簿整理。自然保護委員会の建て直し。
朝日山地生態系保護地域管理委員会等=方向性の確認
その他=
3月29日(日)に山形県山岳連盟の理事会と評議員会を開催する。

2009年01月26日(月)

 先日、藤田栄一さんから「五百澤智也」と彼が1988年から2003年にかけて山形新聞に掲載したエッセイ集をお借りした。五百澤さんは国土地理院に勤めていた地理学者で、彼の描く山岳鳥瞰図は有名である。昔、山形県山岳遭難対策委員会救助訓練の講師どうしとして1度お会いしたことがある。
 エッセイの中で興味を惹いた個所を、以下に備忘録として記載しておくことにする。
【大鳥池:タキタロウの正体】湖の岩魚やアメマスは、大きくなってくると、湖岸の藪の下に湖岸沿い15〜20mの縄張りをつくり、水面に落下する陸棲昆虫を捕食して成長する。5〜6年、無事生きながらえることができれば、50cmぐらいの体長となり、魚食性に転ずる。そのころから皮下脂肪が厚くなって、低水温での生息が可能となって、高カロリーの餌で湖底近い安全地帯で暮らすことができるようになるのである。
【県境】飯豊山は・・・細長い福島県域がはさみこまれているのである。これは養老4年(720年)信仰登山のための登山道が会津側から拓かれ、正慶2年(1333年)、文禄4年(1595年)と改修が繰り返されてきた歴史的事実により、会津藩に支配権があり、それが現在の福島県に引きつがれていると大正6年裁判所が裁決したのである。
 山形県にある東北芸術工科大学の東北文化研究センターは「東北学」を出版している。面白いが、なかなか読む時間が取れずに積んである中で、今回は「山の神はだれか」を特集としているVol.10を手にした。
 その中に「椎葉村で言えば、豊猟を願うために〔コウザキ様〕という、狩猟の神に前で男根を出して柴神楽を舞う」という一節があった。思わず光兎山(コウサギヤマ)の山頂直下に立っているアガタ石が男根を象徴している様を連想してしまった。
 また「山の神を考えることが、失われた人間の自然に対する節度や畏敬を考えることに繋がる現代的な問題である」という一節には我が意を得た感があった。一方、「滞在型の山の神が圧倒的に多かったにもかかわらず、春夏去来するというマスコミの宣伝が広がって、信仰が変質した」という一節には、我が身を省みて赤面するばかりであった。 

2009年01月08日(木)

 峡彩山岳会の本望英紀さんから「越後における飯豊山信仰・越後赤塚中原藤蔵氏の飯豊山登山」の謹呈を頂いた。彼は刀剣についての造詣も深いが、飯豊山供養塔について長年調査をされている。また御西岳〜大日岳間の登山道についての研究も聞き及んでいる。この小冊子はその研究をまとめたものであり、飯豊連峰史の貴重な資料である。
 中でも越後の豪農である中原氏が小国町長者原の渡辺善三郎氏をして登山道を拓き「親子新道」と名づけた部分、大日岳に祠・鏡・剣を供えた部分は興味深い。




2009年01月05日(月) 
 昨年末に大朝日岳東面ガンガラ沢に吹き飛ばされ、心肺停止状態で仲間に発見された方の救助作業が進んでいない。今朝、飯豊山が見えたので期待をしていた。しかし祝瓶山は見えたものの大朝日岳は終日雲の中であった。管轄外とは言え、やるせない。

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