山のことあれこれ 5

{この頁は、井上の個人的な日誌です。}

05年11月06日(日)
午前中は大規模林道の在所平を散策し、紅葉のブナ林に染まる。倒木のキノコを撮影する。午後は別な場所で藪を分ける。意外な所に炭窯跡と熊の糞を見つける。
05年11月05日(土)
キノコ採りに出かけるが、歯なしのため空腹。沢や藪を駆け回るには体力不足を痛感して帰宅。
05年11月04日(金)
自宅で数人が集まって飲む。鉛弾と米国軍需産業との関わりを聞き、問題の複雑さに驚く。
05年11月03日(水)
午前中の仕事を終え、午後からナメコ採りに出かける。
05年11月01日(火)
PCはプロバイダーの記号入力ミスと判明、無事動き始めた。
05年10月31日(月)
昭文社の原稿が何とかなりそうな時、NTTのゲートを変えたためPCがストライキを起こす。
05年10月30日(日)
町内にある大宮射撃場で射撃。猟友会の皆さんから射撃場でのルールや銃の扱い方等を親切に教わる。
05年10月29日(土)
天狗平ロッジの雪囲いをして、徳網の関宅で芋煮会。峡彩山岳会の皆さんと一緒に酔いつぶれて、持参した寝袋に入る。

天狗平の雪囲い 登山者カード記載所も撤去
作業をしてくれた皆さん
関宅で反省会
岳さんの息子「渓くん」です

05年10月27日(木)
仕事を終えてから村上市の銃砲店で散弾を購入。始めて入る銃砲店内には、山で使えそうなものが沢山あって興味をひいた。
05年10月26日(水)
米沢市の総合支庁で狩猟の申請手続きを行う。夜は猟友会五味沢班の役員会に出席し、そのまま宿泊。
05年10月24日(月)
ようやく山形新聞の原稿を書き上げる。

2005年10月26日飯豊山
2005年10月26日朝日連峰
2005年10月23日 飯豊山の初冠雪

05年10月22日(土)
午後から徳網山で山岳救助隊朝日班の訓練。
05年10月16日(日)
赤谷経由で祓川へ、松平峠を経て三国岳まで、帰りは上ノ越経由で下山。
05年10月15日(土)
QVHと遭難者搬送用具の試作。午後から新潟ICI石井にて買出し。ゴアのカッパも欲しいが、すぐに使い潰してしまうので見送る。
05年10月12日(水)
右奥歯を抜歯する。3つに割れていた。この日から左右奥歯なし、お粥生活が始まった。
05年10月10日(月)
小国町議会遠藤和壽議長の葬儀に参列。大変お世話になった遠藤さんにお別れの献花をする。神式葬儀は始めての体験。
05年10月09日(日)
1階の若いパーティは早くから起きて賑やかだが、どうせ朝は駄目だと思いゆっくり起きる。良いタイミングで視界が開けた。紅葉真っ盛りの御幣(オンベ)松尾根を下る。
05年10月08日(土)
朝早く起きてしまい、そのまま湯ノ島小屋へ。雨の中、御西小屋に着く。旧小屋よりこじんまりした感じ。同宿者ともさほど会話なく、ぐっすりと眠る。
05年10月07日(金)
耳鼻科で外耳炎の診断、身体のあちこちに故障が目立つ。
05年10月05日(水)
小国警察署に、猟銃譲渡承諾書を提出する。
05年10月04日(火)
S宅を訪問し、猟銃を拝見させていただく。レミントンの20番(熊には12番が一般的なので口径は小さめ)、自動銃、銃身は短くスラッグ(1発弾)用で道のない山を歩くには適している。
05年10月03日(月)
置賜森林管理署の安全衛生大会で講話をさせていただく。
05年10月01日(土)
朝日山地森林生態系保護地区の標識設置のため、一人で蛇引尾根を登り、祝瓶山経由で下山する。詳細は第953号に掲載。
05年09月29日(木)
めっきり涼しくなり、スーツを着て出勤する。昨夜、お世話になった遠藤和壽氏が亡くなった。彼は朝日連峰山麓の小屋で始めて山子(マタギ)と熊の肉で酒を飲ませていただいた時から、さまざまなことを教えてくれた。自宅で最後のお別れをしてくる。
05年09月28日(水)
赤湯射撃場で射撃講習を受ける。座学は狩猟免状試験と同じ内容なので理解しやすかった。いよいよ実際に猟銃を持って実弾を撃つ。余計な所に力が入っているのだろう、左腕の筋肉が疲れた。無事、教習修了証明書をいただく。
05年09月26日(月)
岳人編集部から電話があり、今年は飯豊連峰で遭難が多発した事の原因を尋ねられる。
05年09月25日(日)
2日間上京、朝起きると体がだるい。体温計で計ると微熱がある。外は雨、先週に続いて朝日の標識設置を見送る。終日、床の中。
05年09月22日(木)
高橋氏に昨夜撮影した巣を見てもらい、方法の指導を受ける。高橋氏から置賜森林管理署に作業方法を連絡し二人で出かける。階段下に着くと、スズメバチが何匹も飛んでくる。ヘルメットの上から専用の網を被り、カッパを着て長靴を履きゴム手袋で完全武装をする。私は階段下で待機し、高橋氏は崖の上から水平に伸びた枝に張り付いて、蜂用スプレーを噴射し、すかさず巣の着いた枝を切り落とす。私は階段に落ちた巣に近づき巣の穴から蜂用スプレーを噴射する。足に棘を刺したような痛みを感じ、慌てて巣から離れる。ゴム長靴上のスパッツ部分に微かな痛みがあるが、暫くすると痛みがなくなった。高橋氏は崖から降りてきて、平気で巣に近づいて枝から巣を切り離した。何匹かのスズメバチを採集して帰宅、図鑑と照らし合わせてコガタスズメバチと判断した。

スズメバチの巣を目指して登る
巣には沢山の蜂が溜まっていた 巣のある枝に登る
蜂スプレーを浴びせる 切り落とした巣
階段に落ちたコガタスズメバチ


05年09月21日(水)
置賜森林管理署にスズメバチの巣の撤去作業について協議を行い勤務終了後、昨夜連絡のあったスズメバチの巣を確認に出かける。巣は階段を登る途中の頭上に位置し、撤去するには思ったより危険な作業になりそうである。帰路藤田栄一宅に立ち寄り、作業の手順を相談していると、高橋氏から電話があり、高橋氏と明日作業を行うこととした。
05年09月20日(火)
夜、自然公園管理人の舟山堅一氏と藤田栄一氏から、林道終点の梅花皮沢砂防ダム階段にスズメバチが巣を作り、登山者が刺される危険性が高いと電話があった。
05年09月19日(月)
朝日地区生態系の標識を立てに行くつもりであったが、数が足りない。天候もかんばしくないのでキャンセル。
05年09月16日(金)
以前の職場で「やまがた林間学校」のスタッフをしていたことがある。当時よく参加してくれていた小泉姉妹達が来町し懐かしい再会。この後、彼女達が案内する小国町の頁を作ってみたいと思う。
05年09月15日(木)
JJ7EHJからメールが届き、VCK・三島と4人で関川ドームにて遊ぶ。私の腕力は驚くほどに弱体化している。三島も根性を見せるが、一番攀れたのはVCKだった。帰宅すると岳人編集部から電話があり「何故今年は飯豊で遭難が多かったのか?」と尋ねられた。正直なところ、まだ具体的な分析はしていないので直感的な印象で回答したが、途中で横道にずれてしまったかもしれない(反省)。そのうちに今年の遭難を総括してみたい。

関川ドームで遊ぶ
上右=三島
下左=VCK
下右=EHJ


05年09月14日(水)
一人で石転ビ沢を登る。詳しくは登山者情報第951号に掲載。
05年09月12日(月)
小国山岳会の役員会。無線システムの問題と天狗平ロッジ問題を検討する。

05年09月12日飯豊山(定点観測)

05年09月10日(土)
民宿麓泊。途中で小国盆地の西に連なる山々に、ナラ枯れを何箇所か見つける。いよいよ小国にも本格的にナラ枯れが侵入し始めたことを実感した。その晩は、田口・齋藤(初)・齋藤(重)・高力・渡部(好)氏達と話が弾んだ。マツクイムシ(マツノザイセンチュウ)は外来種であったし、今回のカシノナガキクイムシも外来種の可能性があるとのこと。ペット問題や外来魚の放流など論外であるが、以前に行ったニュージーランドに比べて、日本の防疫システムは余りにもお粗末である。ともあれナラ枯れの最大の原因は、薪炭林の利用を止めそのまま放置したことにあり、それが北陸の熊大量出没に繋がっていることには間違いなさそうだ。

確認したナラ枯れ
小戸地内から朝日連峰方面

2005年09月07日(水)
東北森林管理局が発行した「みどりの東北」に登山者情報第932号の合同パトロールが掲載されていた。
【登山マナーを守ろう 飯豊連峰合同パトロール】
連休で多くの登山者が訪れていた七月十八日、小国町・小国警察署・小国山岳会・小国の自然を守る会等の協力を得て飯豊連峰合同パトロールを実施しました。これは、飯豊連峰における高山植物の違法採取などの情報が寄せられたことから、その防止や登山者のマナー向上を啓発することを目的に行いました。当日は、二〇人のパトロール隊員が飯豊山荘を発着点に梶川・丸森尾根ルート、石転び沢出会いルートの二班に分かれ、登山客にマナー向上を訴えました。登山者にチラシを配布すると快く受け取ってもらい、「頑張って下さい」との激励の声もありました。また、マスコミの関心も非常に高くテレビ二社、新聞一社の取材を受け、豊かな自然と登山環境を守るためのPRになりました。終了後、参加者からは、「このメンバーでのパトロールは大事な試み。継続して欲しい。」 との声が強くあり、森林管理暑が中心となって今後も実施していきたいと考えています。
2005年09月06日(火)
白鷹町小林泰史さんが来町し、自費出版された写真集「ふるさとの山・朝日飯豊連峰・四季への誘い」を拝見させていただく。小林さんは長年勤めた職を辞し、農業に専念するとのこと、これから労作を拝見させていただくことにしたい。
2005年09月05日(月)
置賜森林管理署の方と話をしている中で、ナラ枯れが荒川沿いに小国町にも入り込んできているとの情報をいただく。小国町の小起伏山塊は昔の薪炭林で覆われている。これは大問題に発展すると直感した。今、小起伏山塊でツキノワグマが増加している。これは昔の薪炭林が成長してツキノワグマにドングリを始めとする豊富な餌場を提供していることも一因であると思う。そのナラ林が一斉に枯れ始めたらツキノワグマはどうするだろう。危険を承知で集落に降りてくる、その結果は人間と鉢合わせし、人身事故が爆発的に発生することになる。山村集落での生活が成り立たなくなるだろう。
2005年09月03日(土)
LFDより次のようなメールが入った。
9月3日相棒と山に茸の調査に行っていたところ、突然オオスズメバチに襲われ2箇所刺されました。茸の調査を中断し、車まで急いで引き返し病院まで走り治療をしていただき助かったところですが、これから蜂の活動が活発になるので小国山岳会の皆さんの参考になればいいと思い、ここに報告します。
現場は山中(内緒の私の畑)で8時30頃に峰を歩いている時に右肩下に痛みがはしり、目の前をオオスズメバチが威嚇しながら飛んでいたので、ヤバイと思い地面に伏せたのですが、1匹が頭の左耳の辺りで威嚇していて頭をやられたら大変と左ひじを上げたら、左ひじを刺され右手で払いのけながら3m位転がりながら逃げたら、今度は相棒の方に飛んでいったが相棒も転がりながら逃げ難を逃れた。良く見ると大木の周りでオオスズメバチが10匹以上が舞っていたので遠巻きに避けながらその場所を逃げ、車まで急いで戻った(この間15分位)車の運転は途中で気持ちが悪くなることも想定して相棒にしてもらった。病院までは20分位で到着したが、車中で湿疹が出始め首の辺りからかゆくなり、顔が赤くなってきて口の周りと耳の後ろ辺りが腫れてきた。意識ははっきりとしているがのどが詰まるような感じがしてかすれ声になって目に白目の部分が赤くなって来た頃に病院に到着し、すぐに医者の診察を受けた。
治療は刺された場所の消毒と軟膏を塗っていただき、点滴と注射を1時間位して治療は終わった。点滴の途中で喉が詰まるような感じがしたが徐々に顔の赤みも取れてきたが、時々、悪寒があった。
10時30頃自宅に戻ったが頭のてっぺんから足の先まで湿疹で真っ赤になっていたが、お昼頃まではだいぶ顔などなくなってきたが17時には全身の湿疹がなくなった。だが、刺された2箇所はジキジキとまだ痛い。今後も茸の調査は大好きなので続くと思うので万全の装備(エビペン、蜂よけスプレー、その他)をしながら調査に臨みたいと思います。
9月3日18時15分 まだ刺されたところを痛がっている  自称茸の調査員 斎藤弥輔
2005年09月02日(金)
村山総合支庁で狩猟試験を受ける。問題数は少ないが解らないものが数個あり、時間制限ぎりぎりまで粘る。午後からは実技試験。なんとか合格発表に番号を載ったが、久しぶりに緊張しました。
2005年09月01日(木)
東北電波管理局の方が見えて、私達のアマチュア無線使用実態(山岳救助時の使用等)の聴き取りがあった。隠すことなくこれまでの経過と考え方を話し(どうも暫く前から私達の交信を傍受していたようである)、不適切な点があれば教授願いたいとお願いした。基本的には問題はないとのことであったが、若干の留意点を指導いただき大変参考になった。私達の交信がアマ無線愛好家から注目されていることを認識し、改めて襟を正す良い機会を得たと思う。
2005年08月28日(日)
大規模林道から川入切合に登る登山道の標識の件で、登山道の整備をされている方から電話をいただく。登山道は国立公園の中にだけあるものではない。これからの登山道の維持管理はどうなって行くのか、考えさせられるものがあった。

あれこれ  あれこれ1  あれこれ2 あれこれ3 あれこれ4