ここまで、いくら道路や駐車場を整備しても渋滞が解消して動きやすくなるには程遠い、つまり「クルマ中心主義」でいる限り、渋滞は退治できないだろう、ということをお話ししてきました。 |
えっ? 「24時間渋滞になっているわけじゃないからガマンできる」ですって? ちょっと待った! 「クルマ中心主義」の弊害は、なにも「渋滞」だけじゃないんですよー。 |
都市内を移動の手段をクルマに頼りすぎるような都市構造にすると、他にも大きな問題があると思うのですが、さあどんな問題でしょう? それはここでお話ししたいと思います。 |
狭い中心部に「場所くい虫」のクルマが集中、それで道路の混雑が激しくなり、それを避けようと店舗や施設が郊外に分散します。 |
そうなると、結果として郊外分散が進んでしまいます。地下鉄などの大がかりな鉄道建設は、コストを考えると人口密度の低い郊外地までどんどん造るわけにも行きません。 |
バスだって、使い慣れていなければ経路は分かりにくいし、渋滞に巻き込まれることが多かったり信号に引っかかったりして時間は読めないし、鉄道との乗り換えも大変だし・・・ |
バス路線を開設したとしても、たくさんの人がクルマから乗り換えてくれるとは思えません。つまり、「郊外分散型」の都市構造では公共交通機関の整備がやりにくくなってしまうわけです。 |
ということは、事実上クルマ以外の交通手段ではかなり動きにくくなってしまうことになります。そうなると、クルマの運転ができない人を事実上「動けなく」してしまうことにも直結することにはならないでしょうか? |
確かに、自転車という移動手段もあるにはあるのですが、高齢者の方には使いにくい場合が多いし、悪天候の日には危ないし、放置自転車は多くなるだろうし・・・ 自転車を活かすには、これらの問題を考えに入れる必要があるでしょう。 |
「郊外分散型」では、車を運転できる人以外は非常に動きにくくなり、結局「クルマ中心主義」は事実上クルマに乗れる人にしか対応せず、「移動弱者」といえる子どもや大半のご高齢の方そして身体障害者の方を事実上切り捨てている「選民思想」とも言え、よく言われる「人に優しい都市」の理念に真っ向から対立、とも言えるのではないでしょうか。 |
また、個人差はあるにしろ高齢者の方はどうしても運動機能の平均が低下します。これから到来する高齢化社会、クルマ中心主義はこの方々の安全を脅かすことになるでしょう。 |
また、人1人を1km運ぶのに使うクルマのエネルギー効率は鉄道より約6倍悪い※ので、みんながこのままクルマに頼っていれば、今話題の二酸化炭素増加による温暖化や大気汚染により地球環境も脅かすことになるでしょう。みんなで、「交通弱者」や「地球環境」を守ってあげる都市構造にする必要があるでしょう。 ※大浦 泰:「 鉄道における電力エネルギー 」第104回 鉄道総研月例発表会講演要旨 |
以前テレビで「これからは高齢者が社会進出するから、都市道路をもっと整備して彼らも運転しやすくすべきだ」などと言っていた政治家がいましたが、私が今までお話しした話をお聞きになると、この発言に対してどう思いますか? |
(図)我が国における将来の人口比率の推計図。 1990年後半より、65歳以上の老年人口の比率が急上昇しているのが分かる。我が国はこれから高齢化社会になることが確実視されており、それに適応する対策も求められて久しくなっている。都市交通問題の分野とて高齢化社会対策の必要性は例外でない。 高齢者の方は、個人差はあるにしろどうしても運動機能の平均が低下してしまうため、クルマの運転に不向きな人の割合は若い人より当然多いだろう。また、運動機能・身体上の問題でクルマの運転ができない人も多数出てくるのも、間違いないだろう。そんな社会変化に、現在の「クルマ中心社会」は適応できるだろうか? 「クルマに過度に依存しなくとも動きやすい街」にするというのは、そんな「クルマ中心社会に適応できない」高齢者の方々にとっても「動きやすい街」にするということである。その必要性が増すこれからの時代、「クルマを使える人」の方ばかりを向いていると言える現在の都市交通施策がもうじき「化石」となるのは、間違いない。 つまり、公共交通機関の充実が重要と言うことになるが、「何でも造ればいい」ということでは決してない。「『お客様』が魅力を持ってくれる『商品』であることが必要」ということは、これからお話ししたいと思う。 資料出典:国立社会保障・人口問題研究所:日本の将来推計人口(平成9年1月推計) |
結論
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従って、都市交通問題をクルマを中心にして解決しようという発想は・・・ |
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